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2015/10/28
稽古場日誌【客席編】…中村彩乃(役者)不安定な魅力

今晩は、中村です。今晩は、満月です。

今日は客席編の稽古でした。
昨日の稽古では、個人的に「登場人物の目的を明確にしよう」と思って稽古に望んだのですが、それが思いの外、芝居に影響しました。ので、昨日に捕らわれるのではありませんが、今日も、個人的に、(登場人物の)目的を(中村・役者の)意識の何処かに起きつつ、稽古をしてみました。

また、今日の稽古では、言うべきものがある安定した状態と、その場その場に対応して、流動的に在ろうとする不安定さ、について考えました。
…以下の文は、この稽古場から感じた「芝居について」のことであって、全ての舞台芸術に当てはまるとは思ってません。

台本というのは、変わりません。
紙に書かれた文字という媒体で作者から生まれたもので、ある日突然頁を捲ったら台詞が変わってたっ!なんて、勿論ありません。(改編という形はありますが)

しかし、一方、人間(演出家、俳優、スタッフ、観客)は、常に良くも悪くも不安定です。それが、舞台の魅力であると私は思います。が、ただ、その不安定さでは、あまりに拠り所がありません。

そのために、安定した存在である台本は、大きな軸になります。
俳優は、台本の言葉を読みます。台本から得た情報は、言わずもがな、大切な要素になります。
例えば、その物語の中で、どう呼吸(=存在)をすれば良いか、という、ある種…生き方・在り方と言いますか、を打ち出してくれる一端を担っていると思います。

また、一人で台本を読んでいて気づけないことに、稽古場で、はたと気づくことがあります。その気付き、その場での自分(≒登場人物)の心の琴線に触れた震えを積み上げて、「台本」という紙に書かれた文字という媒体から、その場にいる人が立ち上げたものが、結果、「芝居」と呼ばれるのではないかな、と思います。

凄い感覚的なことを多く書いてしまいました。

自分の整理も含め、凄いざっくりいうと、今日稽古では、
安定を目指して生まれたものは、何処か面白味が物足りないし、寂しい。不安定なことを許して、その代わり、しっかりその場で起きたことを受け止めていくことが大切なのでは
、ということであった、ような、感じがします。私の受け取り方では。

文章にすることは、大切ですが、同時に、むずかしいですね。

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