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2015/11/16
「劇場へ俳優を見に来てください」…久野那美

出演者紹介
1)劇場へ俳優を見に来てください…ご挨拶とお願い(久野那美) 11/16up
2)<客席編>「椅子に座る女」役…中村彩乃 11/17up
3)<客席編>「椅子を並べる男」役…七井悠   11/19up
4)<舞台編>「缶コーヒーを持つ男」役…諸江翔大朗 11/21 up
5)
<舞台編>「ヒーローに見えない男」役…太田宏 12/18 up






こんにちは。作者の久野那美です。
公演まであと2か月を切りました。

Recycle缶の階は、昨年12月に上演した「劇場を舞台にしたふたつの二人芝居」を再演するために創られたユニットです。
20歳~45歳の14人のメンバーがいます。学生は5人います。

このうち、初演に参加していたメンバーは、私、出演者の太田宏、諸江翔大朗、七井悠、舞台監督・照明の葛西健一、音響の合田加代、の6名です。あと8名は、初演の後に出会いました。

再演が決まったときは、こんなに大所帯になるはずでもなかったし、20代の参加者が過半数の集団になることも全く予想していませんでした。けれどもRecycle缶の階は今こういう団体で、この14人のメンバーで作品を創っています。意外とふつうにそうやって創っています。初演時は2つの作品だったのですが、再演にあたってひとつの作品にまとめました。ですが、出演者は1幕にふたり、2幕にふたり、と分かれていて、それは2つの作品だったころの名残です。別々に稽古をしています。どちらのチームも、俳優ふたりは一回り以上の年齢差があります。

1幕目は劇場の舞台の物語です。
出演者が京都在住の諸江翔大朗と東京在住の太田宏のふたりなので、稽古するのに工夫がいります。
太田が時々関西にやってきて稽古しています。
2幕目は劇場の客席の物語です。
出演者はふたりとも関西で活躍している俳優です。初演時と同じ七井悠と、階史上はじめてのオーディションで選出された中村彩乃です。こちらは週に数回ずつ、定期的に稽古しています。

どちらも二人芝居なので、どちらかが稽古に参加できないときは、演出助手の森田君、浅田さん、そしてなぜか誰よりも熱心に稽古場にきてメモをとる制作助手の吉本さんが代役をしてくれたり、みんなで話し合いをしたりしながら稽古しています。俳優がひとり、スタッフが5人とかいうのも珍しくない稽古場です。美術スタッフの濱田君も稽古場でアイデアを出してくれます。

この作品の初演時の上演台本が先日、OMS戯曲賞の最終候補作としてノミネートされ、戯曲がウェブ公開されました。
ですので、どなたでも、戯曲を読んでいただくことができますし、ほかの候補作と読み比べたりすることもできます。
また、11月19日には一般客が大賞を選ぶ(?)「候補作を読む会」が行われ、ほかのひとたちと戯曲の内容を討論することもできます。

私は劇作家なので、戯曲が公開されたり批評されたりすることはとても嬉しいのですが、
それでもあえて言いますが、この作品は、戯曲よりも断然、舞台を観ていただきたい作品です。
俳優の身体を通して初めて見えてくるものが戯曲の何倍も何倍もあるからです。

私の作品は昔、「これは演劇の台詞ではない」「俳優はこういう台詞を言えない」「リアリティがない」「人間が描かれていない」と評されました。私は全く理解することができませんでした。演劇をよく知れば理解できるようになるかと思っていましたが、理解できないまま数年がたち、納得できないまま今も演劇作品を創っています。
私の書く台詞は覚えられないと出演者に毎回いわれます。
おそらく、書かれていることばと、その場で交わされている内容が一致しないことが多いからだと思います。
でもそれのどこが悪いのだ?と私は思っています。
台詞が言ってることは台詞が言ってるからいいんです。俳優は、セリフが言ってるだけではできないことをするために舞台の上にいるのですから、演技とセリフの距離が遠ざかれば遠ざかるほど、舞台の上の情報が多くなる。情報量の多い空間は豊かだと思っています。


今回も、馬鹿みたいに演劇の好きな俳優4人と創っています。
ほんものの人間である俳優4人と創っています。
私が<創った>嘘を俳優が<つき>ます。
いったいどうすれば、嘘の精度がより高くなるのかを日々試行錯誤してくれます。
そこで問われている「リアリティ」とは何なのか?
演劇的であるとはどういうことなのか?
人間が創った嘘を人間の身体を通して人間に伝えられる場で、人間が描かれるとはどういうことなのか?
これまでも自問自答してきた問題に向かい合う日々です。

ことばにできることとことばにできないことが等価に同じ場所に存在する媒体が演劇であると私は思っています。
舞台作品が上演されている間、ことばにできないたくさんのものを、俳優が舞台の上で創り続けます。
舞台の上というところは、俳優が受け取っているものはなんでも存在する場所です。
俳優が見たものが現れ、俳優が聞いた音が聞こえ、俳優が感じたもので満ちる場所です。

「俳優に言えないセリフなんかあってたまるか。誰も言えないなら俺が言ってやる」と太田宏が言ってました。「戯曲に描かれているものを人間にするのは俳優の仕事だ」と七井悠が言っていました。「ほかの俳優がどうしてるかとかは関係なく、本番までにできることがあるなら自分はどんなことでも限界までやってみたい」と諸江翔大朗が言ってました。中村彩乃は「演劇たのしい~!!」とときどき稽古場にひっくり返って大声をあげています。そんな稽古場です。
そしてこっそり書きますが、「これ、ほんとうに台本があるのですか?あのひとたちが自分で喋ってるのではなく?」というのは、今回の制作担当の三坂恵美が初演を客席で見た後に言ったことばです。
「俳優には言えない」と批評されたセリフが今、俳優の身体を通してごく自然なことばとして客席に届けられています。

演目は昨年度の再演で、セリフを大幅に変更しているわけではありませんが、稽古すればするほど、これまで見えていなかったものが見えてきます。同じセリフ、同じ設定なのに、俳優の見ているものは初演とまるで違っているようです。
去年はいったい何をやっていたんだ?と困惑する日々です。

どうぞ、俳優の見ているものを、俳優のきいていることばを、俳優の感じている空気を、劇場に体験しに来てください。
戯曲を読むだけでは絶対に絶対に得ることのできない「演劇」を体験しに劇場へいらしてください。
舞台に立ち台詞を言う俳優を見ていると、この戯曲はとてもよい作品に思えてきます。
戯曲を読んでから見ても、見てからお読みいただいてもどちらもそれぞれ楽しんでいただけると思います。
戯曲を読まずに舞台だけを楽しむのももちろん観劇の王道としてありです。

彼らが今回演じているのが、「俳優」であり、「観客」であり「劇の登場人物」であるということもこの劇の楽しみの一つです。
『話すのなら、今ここにないもののことを話したかった。 今ここにないものの話ばかりしようと思った。』
は、まるごと演劇の劇なのです。

11月30日まで前売りチケットの発売をしています。
こちらからご購入いただけます。12月以降も当日券のご予約を承れますが料金が500円アップしてしまいますので、
できるだけ11月中のお申込みをお薦めしております。
→チケットはこちらより

パシフィックシアターへ、俳優を見に来てください。
俳優を通して、劇の向こう側の世界を、どうぞ見に来てください。

皆様のご来場を心よりお待ちしております。

作:久野那美

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