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2015/11/26
稽古場日誌【客席編】…中村彩乃(役者) 骨を折りにいく

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今日は。中村です。
11月はとても暖かく過ごしやすい日々が続きましたが、そろそろサボってた冬が、仕事をし始めるようです。しなくて良いのに。しかも京都の冬は釈迦力に頑張りやがりますので、大変です。しなくて良いのに。

さて、客席編の稽古でした。
ここ数日、私はえらく単調な芝居になっていました。自覚があり、台詞のフレーズが固まってきたというか、「この音で入ってこの音で抜ける」、という機械的な芝居になってしまっていました。ある程度起こる現象が固まってきたということにも関連していると思います。一々に予測がつく、といいますか。

このような状態に陥ったとき、「まずい、なんとかせねば」と思えば思うほど泥に沈んでいくケースが多く、例に漏れず私もまんまと顎下あたりまで沈んでいました。

この状態から抜け出すには、ということで、
・目をつぶる
・空気椅子をする
・間をつめる
という、あれやこれやをさせてもらいました。
また、七井さんの方にも、久野さんから「普段しないことをして良い。相手を蹴っても、火を吐いても(これは静かに衝撃的でした)何しても良いですよ」という言葉かけがありました。

結果、それまでのダメ出しが殆ど解消される(完全な芝居、という意味ではありません)通しになりました。
芝居をしてる途中なら未だしも、終わった後に何か物凄い感情が押し寄せてきたのは、稀有な経験でした。押し寄せてきた感情の正体は未だにわかりません。

台本という言うべき台詞や、舞台といった、外部の媒体はあるのはあるのです。が、その媒体を足掛かりに俳優が何かを立ち上げるのは、途方もなく大変で、とんでもなく難しいことで、「そんな簡単なもんじゃないぞ」と、ぶん殴られた感覚です。

通しの後、具体的なこととしては「間を開けたら自分だけの言葉になるから、いかんね」「まだ一ヶ月あるから、色んなことを試さないと」「言葉が生まれやすい身体の在り方って大切だね」といったことがあがりました。

この稽古をなぞってはいけません。
「この稽古をなぞらないぞ!!」という意識も結局その稽古に引き摺られているため、いけません。何やら禅問答のようですが、常に何か蠢く気配をつくりたいと思います。

芝居をするのには、ずいぶん骨をおります。そして、それは面白いです。
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